古紙集積所に

ゴミ集積所の掲示板の書き換えを忘れていた。

新聞を取り込んで、すぐに書き込む。

古紙の日。ダンボールをたたんで出してしまわなくちゃ。もう括ってあるのと、新たに括ったのとでかなりな量になったが、集積所に出す。

7時半ごろ、Mちゃんからの電話。いつも私のために祈ってくれている。有り難う!

10時半から会議。途中郵便局から、神学校用の献金を送金。これで懸案項目が果たせた。会議後、皆様は観山会の出し物の踊りの練習。私はちょっとだけ見せていただいて12時半帰宅。

小休止のあと、亡き母の着物と食器類を福祉バンクに持ち込んで引き取ってもらう。お世話になっている方がたまたまいらっしゃったので、「終活をしてます」とご挨拶。すぐに中からスタッフが出てきて運ぶのを手伝ってくれた。

あと捨てるものはないか、処分できるものはないかと心のどこかで絶えず思いめぐらしている感じになっている。

亡き姑の実家から昨日マツタケが届いた。今朝炊き込みご飯にし、近所のT子さんにお届け。

 

不可解、不条理を数々覚えもするが、必ずや、神自らが証明してくださるであろうことを信じるしかない。

 

絵画展、散歩

10時半、原稿送信。手元にあるうちは気がかりで次の仕事が手に着かないので、もっとよく見るべきだったかもしれないが、送っておいた。

 

久しぶりに近所のT子さんに電話。散歩にお誘いする。近所の方の絵画展を覗く。狭い画廊喫茶に16人、満席。新しい教育会館を見学。某デパートで、掛け布団購入。T子さんのアドバイスが役に立った。忘れていた友の会の解約金を領収。5階の絵画を見、地下で買い物をし、帰りはでんでん虫。4時半帰宅。

布団支払い分と、神学院改築寄付金用のお金を今日のうちに下ろしておく。

夕食支度中に、T子さんが玄関口に見えられ、お土産だという菓子をいただく。彼女ももう後期高齢になったという。なんという速さ。あまり無理な距離は歩けない、ご負担をかけないようにしなければと思った。

 

気持ち的にゆったりした食後を過ごす。

 

カチャカチャ

今朝から原稿を書かねばと思い、資料を思いめぐらしていたのだが。

義姉宅に被害がないか電話をしたがつながらなかった。

それからすぐに病院の彼女を見舞おうと、果物を買いに24時間あいているスーパーへ。9時に行くからと言っていたので、行って受付に申し出ると、容体が悪く会えません。がっかりするのではないかと思いながら家に戻る。それが後で主人が取った電話によると、院内でトラブルが起きていたようだった。スタッフの方々の大変さも見えた気がした。

外回りを掃き、草が気になり除去。通りかかった2人と立ち話。一人は最近某キリスト教新興宗教だが、入信したとか。もう一人の方は、ひと月のうち20日間は病院通いだとか。家に入ると12時半だった。昼食を終えてもエンジンかからず。さてはてと、成り行きで友情物語の映画を見てしまう。とてもよい映画。

 

ネタが二通り頭に浮かんでいるのだが、ちょっと調べが足りない気が。書こうと思えば書けなくはないが。と逡巡、エンジンがかからない。映画が終わってから、はたと、どうして世界的な結びつきばかりを思いめぐらしているのか、先ずは足元ではないかとぐるっと視点を変えたところが、やっと頭がかたかたと動き出した。カチャカチャカチャカチャ。あの資料、このプログラム、あの本、この本とつながっていく。夕6時には、資料をスキャンし、大まかな骨子が出来上がっていた。よし、これで明日には送信、提出できる!

 

8時半、ゆったりした気持ちでこのブログ書き。のこす時間はまた原稿の仕上げにかかろう。

24号よ、おとなしくなってくれ!

夕べは遅くまでついつい資料を読んでしまった。この時間に就寝だと、あすはやくおきるのは厳しいかなと、別ブログ日曜版を更新。これでよしと。

 

朝8時に友達に本を返しに行く。そのあと、調査票5軒分をポスティング。1軒はネットで終えていた。やたら一方通行が多く、遠回りをして戻ったりで、けっこう10時半ごろまでかかった。それから民生の動員で、11時に間に合って最寄りの活動センターへ。老人クラブスポーツの昼食準備だ。生協から届いたお弁当を2回に運び上げることや、それの設置。飲み物の準備など。ざっと5、60人分といったところか。午後12時半帰宅。思ったよりも早かった。

 

24号、憂鬱。全国の教会のために思わず祈る。息子たちのためにも。

 

昼間、次男が顔を出す。粗大ゴミの始末を手伝ってもいいと。何かあげたいと思っても、ああいいよ、いらないよ。コーヒーを飲んでいった。

 

原稿を書かねば。なかなかエンジンかからず。いつも切羽詰まってからのスタンバイだ。よくいままで出してきたものだ。

 

 

天の助けがあるように。

きょう29日(土)。起きて、きょうはクラシック倶楽部がないと思うとすこし寂しい。

しかし、台風24号の情報下にも、曇り空ながら雨がふってはいない。自転車。友達と3人でランチ。けっこうお喋りをして、24号に備え、食品を多めに購入し、3時帰宅。

 

しかし、人の生き方によって、その考え方、暮らしようなどが顔に形作られるようになるなと思う。自分の顔に自信ありという意味でいうのではないが。教会に行っていた方が、教会を離れ、世の中的な付き合いに身を置くようになった。その方を大通りで見かけ、何か風貌が変わっていたのにちょっと、ああそうかなという想いを持った。批判、批難ではない。以前に表情にあった輝きが失われていたのだ。人の眼には見えない部分をどう過ごしているか、これは非常に大切なことだと思えるようになった。いま、すこしでも頑張っていられることは感謝だ。たとえ辛くとも、辛い時期を頑張って乗り切ること、それを通ってこそ、次があると今は信じられる。

 

夜の7時半に、横浜から神奈川に引っ越した友達に電話した。24号ニュースで、どうしているか気になってのこと。いまは夫婦2人暮らしで、ご主人の看護があるようだ。長い外出はできないとのこと。彼女の上に天の助けがあるように。

超まじめ人間

調査、午前も1回はひと周りしたが、これはもう無理だなと感じ、午後は、整髪に。2時に入り、終わったのが4時。途中咳が出て困った。最寄りの薬局でトローチ購入。けっこう効果あり。

隣の産直で数点買い物。

6時ごろ、いつもいるはずの方が、三日不在かもしくは……心配となり、というのも、民生の経験から、孤独死される方は、男性の一人暮らしであった。それも60前後であったり。調査よりもそちらの方が心配。また郵便物が溜まってゐたりすると、大丈夫かしらんと。隣にようすを聞きに行ったが、その家もまだ帰っておられない。すると、いつも通りのようすで帰ってこられるのに出会った。やっと調査票をお渡しできた。

はやくも21時。台風24号接近のもよう。

 

いましがた次男に通販の荷物が届いていることを連絡。あすも仕事らしい。超まじめ人間になって、日々明るく一生懸命仕事をしてくれている。感謝、感謝。

はやく来い、来春よ。ひとつ役目が終わる日よ。

昨日27日は、夜8時ごろ、けたたましい緊急車の音。それも2、3台ではない。最寄り交差点から赤く煙っているのが見える。住吉町だった。そういえば空き家ともつかない家屋があのあたりにあったなと思い起こす。けっこう燃えてから消火されたのでは。もし我が家が、或いは隣が火事をだせば、瞬く間に延焼するなとの危惧。消火器と延長ホースのありかを無意識のうちに頭の中で確認していた。やじ馬も2、30人。しかし、消防が即刻態勢に入ってくれるからこそ、類焼,延焼を食い止めているが、強風が吹いたり、何かで消防の到着が遅れたりすれば、どんな惨事になることやら。

夜に出歩くのはコンサートなどの帰りは仕方がないとしても、極力避けてきたが、夕べ8時は、8時以降にしか帰らないという調査該当宅があったために、一旦は外へ出ていたのだが、この火事騒ぎで、雨が降っていたこともあり、調査票を届けるのはやめにして家に戻る。メモでも書いて郵便受けに入れ、出すようにしてもらおう。第3ブロックはこの1軒だけがのこっている。

こうして回っていると、いつ出かけ、いつ帰っているのかわからないお宅が、各地域に1軒はあるようだ。さまざまな生活パターンあり。日中は午前は雨中、午後は晴れ間に自転車で回り、その合間合間に資料に目を通す。すっかり忘れていた書棚を見ると、けっこう貴重な資料を取り置いたのが出てきたり。もう記憶から抜けていた。しみじみひと昔は精魂こめてやっていたのが、いつごろから諦めたものか。もうこの関係をやっていても仕方がないのかもしれないと思い込んでしまっていたのだ。だがいまはこれらも役に立つ。努力した甲斐はあった。

 

きょう本当は図書館に行きたいのだが、天気のこともある。

所属の文芸誌のうごき、思惑が今朝見えたような。

きのうお借りしている本の督促があった。

なにかゆとりがない。

周りにまでそれを言われている。きのう調査で訪問したT子さんからも「だいじょうぶ、無理しないでね」と。

しかし来春はすこし楽になるだろう。