手につかない調べもの

家の周りがいま工事で、9時から5時まで、穴を掘っては、配管、配線し、また埋め立てる音が響いている。

きのうの午前はユリの球根をさがしに産直。近所のT子さんをお誘いする。佐比内の産直でカカシまつりをやっていた。カメラを持ってくればよかったと残念だった。トタンプ、小池百合子キム・ジョンウン安倍晋三の人形が出そろっていた。ユーモアたっぷり。感心したのは、野良仕事着をつけて背負い籠に野菜を入れた優しそうなおじいちゃんが、孫にソフトクリームを食べさせているカカシ。カカシと言っても、これは民芸芸術作品ともいうべきレベルで、とにかくやさしさがしみじみと伝わってくる2体の人形だった。ユリはなかったが、りんごなどを買い込み11時半ごろに帰ると、車庫前が工事中ではいれなかったので、T子さんのところに駐車させてもらう。

 

 午後は何か心もとなく手つかずでいたが、預っている会計の整理やら、来月のサロンの開場を予約、あとは三浦哲郎を読む。「モーツァルト荘」。家で過ごす。

 

 きょうは、久方ぶりに庭のテーブルでコーヒーにする。またそちこちが目に付き、庭の作業で午前をつぶす。

 昼頃、サロンの相談をしたTさんとFさんが玄関口に。

午後は、某デパートに頼んでいた主人の服を取りにいく。

夕刻、主人の用のために立ちよってくださったAさん。

ゴーヤが3本に。文学仲間の会合でKさんにいただいたキノコで、炊き込みご飯を今朝つくった。

朝6時に隣町のAさんに葡萄やら冷凍の実を届ける約束をしていたので、さんぽをかねていくと、どうもまだ寝てらしたようだ。後でいただいた電話によると、忘れていたのだとか。1週間の北上での仕事で疲れてらしたのだと思う。北上でMさんが偶然いらしてくださったのだそう。私の話が出たとかで教えてくださった。

 きょうも一日工事で、車を近所のT子さんに預ける。バイクは家の門の前に出しておいた。それで、某デパートに。17時帰宅。実のない1日を過ごしてしまった。これではいけない。

夜7時にSさんからお電話。8日の集会は行けたらいくけれども、というご連絡。

やはり図書館へいくなり、場所を変えなければ、家にいると繕い物もしたが、これも必要なことなのだが、しなければならない事ばかりが目につき、調べがまったく捗らない。出かけなかったりは、やはり主人への遠慮がある。

過度にがんばらないで! 健康が第一よ!

継続は力、継続は体力、継続は健康寿命維持とばかりに、朝6時にウォーキングに出たところ、さほど歩かぬうちに、S婦人が自分のマンション風アパートとしておこう、その3階から手を振っている。毎朝、お掃除の方を雇わずに、自分で階段、ドア前回廊などを掃除して回っている。「いま降りていくから」。それで待ったところが、何と1時間の立ち話。孫があるスポーツで全国で20人の選抜に受かったとか。その栄えある先々を考えて軍資金を手伝うべきか否か、迷っているのだという。だしてあげたい、しかし、彼女の友人からは、「息子たちに家を建てる資金やら全財産はたいて、同居してみたら、食事も別々、ひどい扱いで、ついに家を出た人がいる、絶対にお金を渡しちゃダメ」と忠告されているのだとか。

優れた孫に恵まれれば恵まれたで、また悩みはありそう。

7時には朝食を作らねばならない。結局ウォーキングは中止。家に戻る。教会に出かけるまでに、来月の集会案内の手紙を2通書いて、行く途中で投函。バイクで教会へ。

 

礼拝後、トーンチャイム練習。帰宅し、14時までには文学サークルに間に合わねばと大急ぎ。女性たちを送ることができればと、車ででかける。珍しくKさんがいらしていた。眼が見えにくくなっているとのこと。かつて書いた童話を発表。これはラジオで紹介されたことがあるのだという。

 

女性二人を自宅まで送る。帰りに近くの業務用スーパーに立ち寄る。大学の近くとあって、男子学生が目立った。感心したのは、料理レシピを見ながら、電卓をたたきながら買い物をしていた。もしかすれば、今から寄り集まって自炊し会食なのかも。

 

裏から入ると、キンモクセイのよい香りがした。18時というのに、主人がまだ帰っていない。夕食支度しているうちに戻った。

 

いましがた、21時10分か、新年度早々のいとこ会の事で、長男から電話があった。仕事で疲れが出て、滅多にはしない昼寝をしたとか。あまり無理をしなければいいが。

マイクロ

 昨日、土曜日は何をしていたっけ。そう、読書、自分が読みたいというよりは、とにかく何が何でも読まねばならない読書をし、Aさんからお借りしていた資料ひと箱、とにかく整理コピーし、お返ししなければならないと、午前中はそれに没頭。とても貴重な、いくつかを証拠だてるのに役立ちそうな写真が出てきた。スキャナでとり、また拡大コピーして印刷しておく。並んでいる人物を特定しなければならない。これはけっこう時間がかかるはずだ。

 遅い昼食、1時過ぎていたが、ありあわせで摂り、2時ごろに図書館に出向く。何のマイクロだっけ、そう、新聞のマイクロは、二時間で4か月分が限度だけれども、昭和2年の4~6月分をしつこく見たのだ。しかし、後年随筆に書かれてある1ステージは出てはいなかった。当初、この随筆の年代は2年ではなく4年ではないかとと思ったとおりだったと思う。しかし、まだ他の新聞も当たってみる必要がある。出ていないとも限らない。副産物としては、バリトン歌手Tの事が意外なほどに回数が多く大きく扱われていたことだ。

 帰って18時夕食支度開始。食事を終えて、ぜんぶ片づけたところで20時。二階にあがってPC。あす日曜日のアップの準備やら何やらで22時。就寝。

同期生と歓談

  5時半に起き、散歩。きょうは教会は閉まっていた。きのうはカギのかけ忘れだったのかなと思った。途中のコンビニでタイムス紙を買う。公園で開いて読む。この連載がなくなれば、あとは何も仕事はないなと。そうなったら、それこそ、今まで調べたネタをもとに小説でも書き投稿することも考えたい。

 

朝に主人が「きょうの予定は?」。毎朝この質問から始まる。「2時に高校の時のO さんとKさんとkデパートで会合」と私。

今朝は可燃ごみの日だったので、外回りも掃いて、ぶどう棚の下に落ちている枯れ葉や蔓、葡萄も集めてゴミ集積所に。10時に主人がコーヒーを淹れてくれた。ナスタチウムや名は何というか、赤い花の群生がこの時期庭を華やかに見せてくれる。この秋には何としてもカサブランカの球根を30球ぐらい植えたい。来年香りと花とを縁側でコーヒーを飲みながら眺めたい。

 

 3人でデパート近くの喫茶店に落ち着く。本の貸し借りをしているふたり。そして他の本を読むゆとりのない私が、ふたりが勧める随筆をその場でざっと目を通す。そうか、こんな本を読んでいるのかと思いながら。それにしても、Kさんの体形の変わりようにびっくり。本人はさほど気にはしていないよう。人間ドックで異常なしなのだという。

 

主人が7時帰宅。ちょっと遅いので心配したが、テニスのあと水泳をし、800メートル泳いだのだそう。

 

夜、T県にいる弟から電話。教会の様子を聞かれる。また来年の従弟会には残念だが参加できないとのこと。

また頭痛がするといっていた長男に電話をしてみる。とりあえずは元気そう。

葡萄つみ

けさも5時半ごろかに散歩。カトリック教会が開いていたので、入ってお祈りをする。家族、息子たちの事や親せきの事、教会の事など。お世話になった方々の事。

朝食が終わったころに、S県にいる小姑さんから電話。ただただ向こうが言うことを聞いているだけの電話なので、凡そ会話というものが成立しない。無邪気な悪意のないひとではあるけれども、この齢になると、これがけっこう疲れるのだ。荷物が届いたという事だった。

 

Yからさんまの宅急便到着。

 

葡萄の棚が葉っぱが虫に食べられて穴あきや茶色に変色、もう葡萄を取らないと限界。脚立を立てて本格的に作業。庭のテーブルの上に取った葡萄をどんどん積み重ねていると、N夫人がやってきた。今思うと椅子も勧めないでしまったが、結構長い時間の立ち話。蝶の様子だ。

午後からぶどう棚の作業続行。20キロもあろうか、Mさん宅にお分けする。

煮ておいた葡萄を冷凍。

 

夕方掃除機をかける。

研修、一日拘束

 夕べ、入院中の友達から、大きな治療が終わったと電話あり。葡萄をもってきてくれてありがとう、気持ちが嬉しくて」と彼女。何と言ったらよいか、「がんの治療だって随分とつらいところを通っている人たちがいるから、それだと思って乗り越えてゆこう」と言ってしまってから、私に彼女の苦しみがわかっているだろうかと自問。とにかく何かを言って励ましたい、元気になってもらいたい、喜んでもらいたいの一心だった。それでも、この言葉を彼女は受け入れてくれた。

 同期生の中にはもう亡くなってしまった方々もある。こうして生きていられるのは奇跡。生きられるところまで一緒に生き抜こうと私は言った。

 誰一人として同じ人生はない。似通っているとしても、みなさまざま。しかし、どうしてこうも苦しまなければならない人がいるのか。その答えはわからないけれども、自分にできることは終生友達であり続けること。彼女にこれから先いかなる変化が起きようとも、友だちでい続けることではないか、そう思った。

 

 6時に今日が彼岸であることを思いだし、24時間スーパーーへ散歩代わりに早朝ショッピング。仏壇に花と果物を備える。

 

 朝7時半に、蝶々夫人から電話。飼育してる幼虫が足にくっついていたのね。どうも葉っぱがなくなるから助けてのサインを出していたようなの。アゲハチョウには心があるとの高説を50年以上もかたく信じつづけ、毎年幼虫を飼育しては羽化させている。

 用件は、餌となるサンショウを根から掘っていただきたいというのであった。庭にはこういうときのために、生え出たサンショウはみな抜かないでおいている。3本を鉢に植えて届ける。
 外に出たついでにまた1時間ばかり草取りをし、3か所蚊に刺されてしまった。
その後は墓参り、その足で研修会場まで送ってもらう。

 

 きょうは、役目上の研修でまずは一日拘束といっていいだろう。10時半~15時半まで。後半、ちょっと大変だった。難しいことは何もないのだが、眠くなって大変だった。みなさん、とても熱心に聞いておられた。この研修で、非言語の方たちの謂わんとするところを理解できるように鋭敏にならねばならないと思わせられた。

 

 帰りは雨が。100円ショップで傘を買う。アーケード街の書店に立ち寄り女性セブンにのったと小姑さんが言っていた猫ミミの載った写真を、ちょっと悪いかなと思ったが立ち読み。帰るときにも雨がやまない。雨は平気だけれども、さすがに雷は怖かった。恐れながら自宅にたどり着く。すこし休んで夕食の支度を開始。いまブログ書き。

添田知道「教育者」

 朝5時半からウォーキング。城跡付近にかかると、神社で柏手を打って、真摯に合掌するすがたを見て、宗教が違うとはいえ、何かこちらがただされる想いが。その方は、ビニール袋を提げ、ひばさみを片手にゴミを拾いながら歩いていった。何か一つでも世の中のために、という心がけが伝わってくる。公園で写真を撮りながら、橋のそばに座っている野菜売りのおばさんからナスとサヤインゲンを買う。おばさんが、電話をかけるために30円必要だといっていた。ナスが100円、サヤインゲンが100円だったが、230円差し出す。するとおばさんが、サヤインゲンをおまけにすると言った。実は多く払っているのだが、とても善良なおばさんの勘違い、いちいちこまく言いたくはない。ありがとうと私は言って、その場を離れた。帰宅7時。朝食準備。10時頃までコーヒーを飲むなどして寛ぎ、あとは午前中は原稿の仕上げ、タイムスへ送信。その後、主人が主人の姉に自分の作ったジャガイモとサツマイモを送りたいというので、いっしょに入れるお菓子を買いに某デパートへ。帰宅して昼食づくり。午後に荷物発送。あとは、暑いせいかで、やるべきことが手につかないので、時間はまだ午後3時だが、夕食づくり。のこりの時間で読書。古い本だが、添田知道の「教育者」。なかなか骨のある芯の通った小説内容に共感する。売文社などにいたことがある人物だ。歴史背景が、芯がとおている人間が書くものは、実に分かりやすく明解であると感じ入る。

 あとは、やったことと言えば、福祉バンクに、衣類や食器を届けたこと、そして葡萄5キロばかりを腐らないように、とにかく大鍋で煮ておいたこと。あしたジュースにするなり、ジャムにし、冷凍するなり処理しなければならない。それと敬老の日の景品を残る最後の方にやっとお渡しした事。