来客2人

18日、雪。終日家にこもる。
19日、午前教会。午後、主人は文学関係の会合。

   私の方は午後はまえの住まいの近くのMさんOさんの来訪。何も持って来ないようにとくどくいったのだけれども、やはり持ってきてくれた。恐縮。

 

きょう、教会にいくまえに階下のおくさまにエレバーターで出会う。たぶん新幹線でどちらかへおでかけ。お孫さんのところかと。

格差は認め尊重すべきでもある。経済上からいえば、付き合える方ではない。むこうがはるかに上。

 

不動産のWから久しぶりに電話。書類のコピーが要るのだとか。

R子から電話

17日月、民生時代のYさん、Iさんとランチ。3時帰宅。主人を本町の医院まで送る。迎え頼むの電話を自宅でまっていたところ、1時間半後に徒歩帰宅。

 

きょうのはなし、いちばん最初にここに来たSさんが、キッチンの長さを測って教えて欲しいといった彼女の家に、いま前の町内の主だった女性たちが集まってお茶してるのだとか。人が集まって話すはなしが何かもわかる。それで私に教えてくれたものと。

ま、世間はそんなものだろう。

 

もう5時過ぎ、食事のしたく。土曜日に来たR子さんから電話。感謝のことば。この住居をとても喜んでくれた。

自重

14日~昨日16日までの記録を抜かしてしまった。はやく書かなければどうしても曖昧になってしまう。ただ曖昧になっているということは、特筆することもなかったということでもある。

一昨日土曜日15日は夫の会議とやらで親友R子さんが来る。表情がすこし変わったなと。はじめてこの方の夫の本ねを聴く。なかなかだ。彼女を送ってすぐに主人と共に月1の会合へ。

16日の日曜、夕方、次男から電話。月末か月初めには来るとのこと。

12、13 は体調すぐれず頭痛、血圧高く自重。2日間で回復。

 

経費削減続行

きのう12日、主人は司法事務所と県立図書館へ。わたしは、以前の居住区のMさんとデパートで気晴らし。Mさんが迎えに来て送ってくれた。まだ頭痛となにか本調子ではない感じが。

 

13日の今日9時ごろかに大湊から仙台に引っ越したNさんから電話あり。会いたいというので、悪いとは思ったが、盛岡まで来てくれたならと。教会でオカリナを吹きたいと。習っているらしい。近々くるらしい。

きょうは終日自宅。経費のはなしが出て、ちょっと辟易。

感謝

昨日は告別式と火葬。

一昨日宮古市のOさんから本とお手紙が。それに対し昨日の夜にお礼の電話をすると、介護の真っ最中。折り返しの電話をいただく。

 

午前はずっと活字と。

午後は散歩。ところが確認のことで主人の物言いがきつかったので、途中でそれぞれに帰宅することに。

祭日のきょう、夕方4時半ごろに電話で、関係図書が届けられた。

6時50分、心の中で「訴えるなら訴えなさい」と声が。

しかし、いま懸命にパワーポイントの取り込みをしている主人。

 

これまで隠しまわってただの一円も紙一枚も人からもらったことはない。物や金欲しさに人に近づいたこともない。神がそのように自分をまもってくださったことに深く感謝。

 

 

人とは

2月8日。亡くなった方の予定が連絡網で。59才。何か落ち着かない。
9日(日)午前、教会で礼拝。午後2時セリオで前夜式。
10日(月)午前11時告別式。思い出を語る。2時火葬。同乗のKさんが牧師に食事のサポートを届けたいというので、一旦教会に寄ってから帰宅。
蝋人形のようなお顔が浮かぶ。明らかにもう霊は抜け出ているとわかる。霊は別な次元に生きている。たしかにいま生きていると感じられた。人は死んでも死なない。とすると、生まれて成長し、人という衣を脱ぐ日まで、つまり人の人生が不思議で仕方がない。人はなぜ生まれて育ち、そして死ななければならないのか。すべて神の摂理とはいえ、それに気づかせられる人間とは何なのだろう。

備忘録

こっちのブログが意識から抜けていた。
備忘録、備忘録。

とにかくずっと家にいたことは確か。

2月7日は2時にJ子と落ち合い、県立病院にT子姉妹の見舞いの予定。
2月6日は、きのうは八幡宮の雪景色を撮りに午前中。とにかく寒く外歩きは危険と感じる。年をとった。主人の郵便物を投函。
2月5日(水)J子さんと教会祈祷会。けっこうな積雪。直帰。午後にもといた近所のMさん宅に立ち寄り最寄りのスーパーで買い物、帰宅。
2月4日(火)午後に宮古市からOさん来盛。差し上げるお土産、菓子などを川徳で買い集める。
2月3日(月)ちょっと思い出せないが、家にいて最寄りのスーパーへ行ったぐらいだったと思う。
2月2日(日)教会。昼には帰宅。
2月1日(土)記憶にないが自宅で読書かぐらい。

1月31日、鈴木が出る再放送があるというので1時に見たが違っていた。

 

やはり日々書かないと忘れている。忘れているという事は特別なことは何もなかった証

拠。

きょう2月7日、J子さんと見舞いに病院へ。ところが、4階のナースステーションに申し出ると、聞いてきますと看護師さん。戻ってきて面会はできませんと。

残念に思い帰宅。すると夕方連絡網からの電話。面会できなかったと思っていたT子さんは、本日13時7分に亡くなっていたと知った。亡くなって2時間たっているのを知らずに行ったわけだ。お見舞いに行かねばと思ったのは今朝の事。9時ごろの事。…遅すぎた。