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 この冬、除雪車の出動はないかと思っていたが、盛岡、夕刻で18㎝。いまでは20㎝を超えたろう。

 終日家にこもり、文藝春秋社刊、浅田次郎の『壬生義士伝』を読む。数年前にも読んでいる。浅田次郎のサイン入り。表紙も榊莫山の書。いまじっくり眺めるとなかなかいい。アマゾン検索では文庫本しか出てこなくて残念。吉村貫一郎南部藩を脱藩。新選組に身を投じる。吉村は銭。しかしそれは妻子のためだ。格好つけるために大義名分はいわない。みっともないからその本音はあらわにするなというところを、吉村は口に出す。みっともないから無表情でいろというところを、吉村はすなおに喜ぶ。当時としては稀有なキャラクターなのだ。剣も学識もある。当時の武士がかたきしめていた誇り、その実質を見透かしているのか、頓着しないふりをしているのか、そこに、あるときにはじんと来、半ばあきれかけるが、しかし、決して軽蔑したり卑しんだりする気にはならない。泥をなめようと血みどろになろうと、嘲笑われようと、人を殺めようと、それは愛のためなのだ。愛ということばがしっくりしなければ、愛しい者たちを生かすため。腹切よりも、侮蔑されようとも、自分を待つものたちのもとに何とか帰ってやろうとする。愛する者たちを見捨てまいとする。その時代、時代の慈しみの有様、そして普遍的な現れを見た気がした。

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