読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

同期会の幹事会

 ことしの夏に1泊して開かれる高校の同期会の幹事の会議があった。Tさんのお宅に8人が集合。出来上がった書面2通と返信の葉書、それに宿のパンフレットを発送するばかりに一つの封筒におさめる。5クラス分、126通。亡くなった同期生もある。2013年に同期会を行ったとき、その同期会の真っ最中に亡くなった方もあった。命の大切さを想い、また自分がこうして生きていることの不思議さを思った。理系とはいえない私に懇切ていねいに物理を教えてくれた同期生も亡くなっている。彼女は秀才だった。

 ここのところ読んでいる文芸雑誌の小説に登場する高校生にはビックリ仰天した。これは、きょうの午前で読み切ったけれども、あれが想像の世界とはいえ、あの小説に登場する高校生の感覚に比べるなら、自分たちは、まだまだ「若草物語」に感動、涙する時代であったと思う。大きな話題といえば、十勝沖地震の時に、窓から逃げた生徒がいたとか、早弁したとか、せいぜいその程度。女子高でもあり、平和そのものだった。

 この同期会のトップは、とある大病院の総務課の女性課長だった方。いい意味で仕切ってくれている。無駄ばなし、世間話はあまりなく、椅子に座って私たちの話し合いをにこやかに冷静にまとめ、作業を恬淡と見守っている。大震災のときに骨折、入院ベッドに部下を集めて会議を開いた話は面白かった。個性豊かな面々。学生時代には気づかなかったが、それぞれの個性を持ったまま齢を重ね、みな人格的な円満を遂げて集い来ている。持ち寄りのお菓子があふれ、総動員されたコーヒーカップ、緑茶茶碗が帰り際にはシンクのまわりにがらりと並んだ。これまで相談のために何度も集まってきたけれども、きょうが仲間として身近に感じた日であった。因みに私の親友だった二人は、同じ県内でも若干遠隔に住んでいるので、幹事には加わっていない。二人は真面目に受験勉強し後に教員になっている。私はといえば、弟から今でも、あんなに勉強しないでよく高校卒業できたね、と言われるほど。なぜか私は公立の短大に進んでいた。そしてなぜか今でも二人とは交遊が続いている。

 同期会の会合を解散し、歩いていたところ、Oさんがクルマを停めて、送っていくよ、と。スーパーまで送ってもらい、店内にはいると、きょう欠席した別な会議を終えたふたりとばったり。事情を説明。こちらの会議は地域の役員関係。会議がぶつかったのだが、行かなければ人に迷惑がかかる方を選択し出席したのだった。

 こうして書き出しながら、きょう出会った一人ひとりの顔が浮かぶ。感謝の想いが湧いた。